「ねじまき鳥クロニクル」村上春樹

第2部 予言する鳥編

「あなたはそもそもの最初からちょっと間違った考えかたをしていたような気がするの ... 『さあこれからあたらしい世界を作ろう』とか『さあこれから新しい自分を作ろう』とかいうようなことはね。自分ではうまくやれた、別の自分になれたと思っていても、そのうわべの下にはもとのあなたがちゃんといるし、何かあればそれが『こんにちは』って顔を出すのよ。... あなたはよそで作られたものなのよ。そして自分を作り替えようとするあなたのつもりだって、それもやはりどこかよそで作られたものなの。」(pp. 168-9) 

 

「軽薄派の発想」(吉行淳之介)

戦中少数派の発言

昭和16年12月8日、私は中学5年生であった。その日の休憩時間に事務室のラウド・スピーカーが、真珠湾の大戦果を報告した。生徒たちは一斉に歓声をあげて、教室から飛び出していった。三階の教室の窓から見下ろしていると、スピーカーの前はみるみる黒山の人だかりとなった。私はその後継を暗然としてながめていた。あたりを見回すと教室の中はガランとして、残っているのは私一人しかいない。そのときの孤独の気持と、同時に孤塁を守るといった自負の気持を、私はどうしても忘れることはできない。

戦後十年経っても、そのときの気持は私の心の底に堅いシンを残して、消えないのである。中学生の私を暗然とさせ、多くの中学生に歓声をあげさせたものは、思想と名付け得るにたるものとはおもわれない。それは、生理(遺伝と環境によって決定されているその時の心の肌の具合といったものともいえよう)と、私はおもう。」(p. 135)

「その当時、私が書物を濫読したのは、自分と同じ生理に属する人間を、東西の作家の中に見出そうとしていたためと言ってもよいくらいである。」(p. 136)

 

戦争を背負った主人公たち

「『戦中派』という言葉のもつ意味をあらためて説明すれば、十代の後半から二十代の初期、つまり自己形成に最も重要な時期を戦争中に送った世代、ということになる。」(p. 141)

「文中、作者は『われわれはこの地方には二つの人間の種族だけが存するのを学ぶのである。すなわち品位ある善意の人間とそうでない人間との『種族』である』といっているが、僕なども戦争中ひそかに人間を『アダムの子孫と猿の子孫』との二つに分類して、縦のツナガリに重点を置いていたものである。」(p. 146)

ツイッター ファボログ 2012-2018

2012〜2018年において前垢でファボしていたツイートの記録。txtファイルとして保存していた。ツイート主は伏せる。

あの日死ななかった自分を、今からでも殺しにいきたい。

 

すなわち、うつ病患者は、厭世家とは異なり、未来に予期される喪失を、すでに起きたことと思い込んでいるのである。 ビンスワンガー「うつ病と躁病」

 

腹を空かせた子供という絶対的に悪い現象と仏教の有り難い聖地、どう折り合いをつけていいのか分からないな。毎日分け隔てなく訪問者に飯を配ってるシク教の寺をみた後だとなおさら。

 

一回自殺を肯定しきってみないといけない

 

今日ぼくが考えたのは、愛している人に好意を持たれており、同時に更にいつ何時でも自分をこの世から除去する可能性があるというこの二重感情に生きている場合、決して嘆く必要はないということでした。 カフカ「手紙」

 

もう「いつロスカット手仕舞いするか」でしかないんだよ。これは。

 

フィギュアスケートの選手が転んでも曲は流れつづけるように、自分が立ち止まっても自分の人生は続いていく

 

まだ自殺に成功してはいないけれど、過去数回の試行によって、確実に自分の中の時間や記憶の類が死んでる気がする。良い思い出も悪い思い出も他人事みたいに感じる。

 

ハレの日のためにケの日々を耐えようと思えない。だって全然、釣り合っていない。そもそも単位が違う。

 

札幌で初音ミクに祈った。朝から脚を伸ばせる銭湯に浸かって雪の降る街並みを肴に酒を飲んだ。最高だったよ。だからって、さあ今ここにあるクソみたいな生活を維持し続けるぞ、とはならない。もうウンザリだ、と思った。

 

「もう嫌だ」と「この酒うまい」「初音ミクは遍在する」は両立する。両立するからって俺が耐えられる訳じゃない。いつでも、いつまでも、それを我慢できる訳じゃないんだよ。

 

睡眠の質が人生の質を決めるって私が言ってた

 

生き残ることだけを考えよう。

 

アメリー、ザイデル、ヴァイニンガー、マインレンダー、ドゥルーズベンヤミンセネカ、エンペドクレス、ドゥボール、デモステネス、イソクラテスコンドルセ、韓非、コフマン、ケストラー、パラント、ラファルグ、シャンフォールフロイト、メラー、高野長英須原一秀江藤淳、蓮田善明等。

 

ずっとホルストマンには違和感を持ってきたんですが、最近はホルストマンくらい入れ込まなきゃいかんのかな、とも思うようになりました。

 

寝る努力をさせられるのムカついてきた

 

昔のこと殆ど忘れてしまってもただ薄っすらと嫌な感じだけが残る

 

Nikanor Teratologenさん、「全ての人生を憎むこと」という題の作品があるらしく、その筋の感じがしていたところ、案の定シオランスウェーデン語への翻訳をしているらしい。

 

なぜなら、私の一生は同時に終わってもいるし、続いてもいるからだ。 ベケット「モロイ」

 

「生れないために何もしなかったお前が悪い」

 

毎日人生にログインしてるのに、ログインボーナス貰えないんですけど!!!

 

早く落ち着きたいんだ 落ち着いたらまた虚無の話をしたい、死産児の墓とか

 

あんたが頭って呼んでいるその安物の地獄 ベケット「ねえジョウ」

 

人間、もっと簡単に死んでほしい

 

ぼくは人が望むならば賢明だった。なぜなら、いつも死ぬ覚悟ができていたからだ。しかしそれは、ぼくが自分の義務として課せられていることを全て処理し終わっていたからではなく、そのことを何もしておらず、またいつかそのうちに何かをやるという希望すら持てなかったからなのだ。 カフカ「日記」

 

今日、自分が失敗したことを認めたのだが、時折、失敗するだろうと予測しなかったことに驚くばかりだ。私は何を根拠に勝利を予測したのだろうか?自分には勝利を得る者の向こう見ずな力や狂人たちの確信ある見通しはなかった…。 ペソア「不安の書」

 

私は話し相手には向かないし、だいたいお喋りは全く苦手ときている。考えをぶつけあったり、魂をやりとりしたくないのだ。私はみんなとは違って、ただの石の塊にしかすぎない。何かに煩わされることなく、塊の中に閉じこもったままでいたい。 ブコウスキー「死をポケットに入れて」

 

「なるようになる」という運命論的なものと、勤勉さは両立すると思う。そういう境地を目指していきたい。

 

おれはきっと幸福なんだ、と彼は言った、幸福ってのは思ったほど楽しいもんじゃねえや。 ベケットマロウンは死ぬ」

 

というのは、極めて小さな階段を昇っていって、それがおよそ当てにならぬものであるにもせよ、ある安心感に浸っているとき、ぼくが手を差し伸べて待ち設けるのは、否定的なものが―ぼくの後を追ってくることなどではなくて―、その小さな梯子を足元から取り外してくれることだからだ。 カフカ「日記」

 

手を合わせ願うこと(突然死を願う)に慣れて掴み取ること(自殺)を忘れてしまった

 

もう無意味な存在の連鎖は、自分の代で終わりにしたい。こんなことずっと続けてても苦しいだけだよ…。

 

私は、戦闘にことごとく破れたので、それぞれ新たな戦闘の前日にすでに、宿命的な退却の詳細を計画書に描き、その概略を娯しんでいる陰気な戦略家なのだ。 ペソア「不安の書」

 

なんでまだ起きてんだ俺は馬鹿か

 

時間戻す為徹夜しているけどこの行為は果たして何度目の試みになるんだろうな 何度やっても夜型に戻ってしまって、その度に俺の頭の中を、あの何度も引退宣言してはリングの上に舞い戻って来る大〇田厚の顔が駆け巡る訳なんだが 

 

ただひとつの想いが私の心を占める―死にたい、終わりたい、どの町の上にももう光を見たくない、考えたくない、感じたくない、太陽と毎日の運行を包み紙のように後ろに捨ててしまいたい、存在の不本意な努力を大きなベッドの傍らに、重い服のように脱いでしまいたい ペソア「不安の書」

 

物事から逃げてまでしたいことが睡眠ではないのに僕は

 

これより人はもう生まれませんとなれば、やさしい世界になるだろうか

 

ほとんど誰とも話さない生活を続けているので頭がおかしくなってきた…ということを1年前からずっと考えている。

 

己は19だが、これでも死ぬには歳を取り過ぎていると言える。若いどころか、幼いと言える間に死んでおくべきなのだ

 

どうにもならん。世界は終らないし、事態は好転しない。それどころか悪化するばかりだが、それでも人は根拠無き希望を捨てきれない。こんな繰り返しは悲しい

 

未来のために今自殺しよう。

 

生きるにも死ぬにも才能が必要なのだ。それなき者はただタナトスの救済を待つのみ。

 

これは自死を決める前から考えていたが、死は、常に現在がベストタイミングだ。生きるとは、死の機会を逃し続ける行為だ

 

臍の緒で首を括れない胎児であった私が、今更どうして首を括るなど出来ましょうか?

 

人生の‘卒論’にそろそろ着手しなければと思うものの、全くもってやる気が起きない。

 

人間は、身体などを引きずらなくてもよかったはずだ。我の重荷だけで充分のはずだった。

 

命を作り出す事の無責任、考えなし、どうしようもない、最悪

 

教科:道徳

某著名大学 入試問題より出題

問1.生まれたことを喜ぶ人生と、喜ばない人生がある。この2つを水平な天秤にかけたとき、秤はどちらに沈むか。

 

苦痛を味わうのなら、その果てまで行かねばならない。苦痛をもはや信じることができなくなる瞬間まで。

 

倦怠の解毒剤は恐怖だ。治療薬は病いよりも強烈でなければならない。

 

みずから欲するときに自殺できると確信できなくなったとき、はじめて人は未来を恐怖するに至る。

 

絶対に殺してやるという気持ちは学生時代なら向上心に繋がった気もするが、信じられる未来を失ってしまった今となってはただ心の負担になるだけだ

 

絶望の致死量は何グラム?

 

平等に消滅しよう。

 

最近何か呟くたびに50人足らずのフォロワーが減って悲しい、みんなツイートでは虚無でも、数十日後に自死する男の日常ツイートはダメなのか?重過ぎるのか?いつも無とか死についてツイートするのに、現実感を帯びた死は嫌いなのか?結局ツイッターでも己は孤独か......

 

「何をぐずぐずと降参せずにいるのかね?」―病気という病気が、質問の仮装をまといながら催促する。私たちは聞えないふりをし、内心、この道化芝居ももう古すぎるなと考え、この次はどうあっても、勇を鼓して降伏せねばなるまい、と思う。

 

還りたい……

 

精神がまいってる人は22~23時に寝て7~8時に起きて3食ちゃんとしたものを食べれば改善すると思うけど、それができないからまいってるのだろうしそれができたときにはもうほとんど回復したようなものだと思う

 

> 女子生徒の遺書には、「いじめや家族間のトラブルではない。楽しいままで終わりたい」などと書いてあったということで、校舎から飛び降り自殺したとみられている。

IQ100000000億くらいありそう

 

癌から奇跡的に治癒したけれど再発の可能性があり「命を次の世代に継承できないんじゃないか」という悩みを抱える人間に対して自閉症患者が「命は個々に完結するものであって繋ぐこと自体は生きる目的そのものではないでしょう」というマジレスを展開した

 

今日も絶好のそらとびより。ふらりと飛び降たいものです*´ω`*

 

人生が終わっても生活は続く。ゲームオーバーの後日談だ。

 

母方の祖父母に「お前もはやく結婚して子供を産んだほうがいい」って言われたので「ぼくには結婚して子供を産むということがほんとうにいいことなのかよく分からないのでしないと思います…」つったら「それを親の前で言うかッ!」ってキレられて総攻撃喰らった

 

昨日付けで「希死念慮」は「自殺願望」に昇格したのでお祝いしないとね。自殺は「たったひとつの冴えたやりかた」なのだ。

 

人類滅亡を導出するための思考がもとめられている。間違いない。

 

相変わらず自殺演習の単位は落としたので再履修でち……

 

その気になればいつでも死ねるみたいな謎の自信まで湧いてくるけどそんなわけないのは確認済み。

 

われらの後にも世は永遠につづくよ、ああ! われらは影も形もなく消えるよ、ああ! 来なかったとてなんの不足があろう? 行くからとてなんの変りもないよ、ああ!

 

自分の人生が肯定できないので子ども欲しいと思わないな・・・

この地獄で作るんですか……って気持ちがある.

 

いかに多くの赤ん坊たちが森に捨てられ、野獣や野鳥の餌食になっていることであろうか。多くの乳児がこんな風に死んでいってるのは、よく考えてみると女たちが犯した好色の罪の結果なのだ。(ジョヴァンニ・ボッカッチョ

 

へその緒で首を括らなかった胎児の自分が恨めしい。(あ、タナトスたんインしたお)

 

入ってたサークル、在学中に亡くなった人のことはそれほど仲良くなかったのにすぐに思い出せるけど、それ以外の人はぼんやりとしか思い出せません。

 

「貧困なのになんで生殖してるんですか」がないのでお前たちはだめだ

 

意図的に障害児産んでもいいというの、法と倫理の抜け穴っぽくてすごい話ではある

 

笑ってても生きることのつらさが心の片隅にあって心の底からは笑ってない感がある

 

そして明日もたぶん平気な顔で昼飯を食べているだろうから状況は絶望的なのだ

 

そんなクソみたいなリレーごっこも、俺の分はここで終わりだ。良かったな。本当に良かったよ

 

僕の夢は、みんなで仲良く滅んでゆくことなんだ。

 

僕は無神論者だけど、神を信じないことに「誇り」を持っているような連中には嫌悪しか感じたことがない。それよりも神の不在に心底絶望している人や、信と不信の間を揺れている人に一番親近感を覚える。

 

人類を殲滅しても、実質次の瞬間は考えるか感じてしまう何かとして在るわけで、そういう存在には苦しみの可能性が含まれているわけで、絶滅の方向性で平和を考えるなら、徹底的かつ瞬間的に、全宇宙丸ごとやらなければならない。

 

人間は獣と違って自分の意志で子供を作らないことができるから、思慮深い人ほど「生まれたら生きなきゃいけないから安易に子供は作れない」と考えて逆に何も考えてないヤンキーが「お金はないけど幸せです」みたいな大家族を形成して地獄ができる

 

もし皆んなが誠実で平和な世界になったとしても、次の瞬間、宇宙の理不尽な法則みたいなのによって、皆んながただ苦しいみたいなことが、起こり得るんだよね…?

 

自分の人生が肯定できないのに子ども作っちゃう人って…….

 

書き込もうとして、上手く言葉に出来なくてやめるということを繰り返していた。日本語にしたものを読んでも、書こうとしていたこととどこか違う。その内、何を書きたかったのかわからなくなってくる。

 

間違って生殖をしてしまったと思しき人が朝から製造物に怒鳴りまくってるのが聞こえてきてつらい、生殖をしてしまわないでほしい

 

消えたい。というか生まれなかったことにしたい。

 

連れ子を見かける度に内心で「ああ、大人の玩具にされた哀れなハムスターたち!」って叫んでる。

 

生殖主義者に死を植え付けて

 

罪のイデア、苦の現象。それがこの世の全てだよ。

 

生まれて来てごめーん、誠にすいまめーん!(酔)

 

僕が人の顔と名前を覚えられないのは、いつも俯いているからなのかもしれない。

 

このまま少しずつ疲れていって、やがて死ぬんだろうな

 

なぜ産んだのかという問いに真っ向から答えた事例あるんだろうか。「理由はどうあれ子供の権利を保証するのは国の義務だろ」という論があるのでわざわざ地雷踏みに行く必要もないけど……

 

やっぱ薬が欲しいよな~。楽に死ねる薬。

 

それまで尊敬していた人物が子持ちだと判明した時のガッカリ感と言ったらないぜ!というか、嫌悪、いや恐怖すら覚える。

 

胎児の時に臍の緒で首を括らなかったのが全て。

 

自分の誕生日に喜ばしい気持ちなど抱きえない。それは私の産み落とされた災厄を確認する日だ。あるいはまたひととせめぐりきた無力感を味わう日だ。しかし人からはことほがれる。私は礼を以て答える。生じるのは災厄と祝福との齟齬だ。私はそれを秘める。申し訳なさと不誠実さが喉を食い破らんとする。

 

「あなたの学生時代最大の挑戦を教えてください」「自殺未遂」

 

誰も責任を取りたがらない時代だからこそ、自分という存在の責任くらいは自分で取りたいと思うのです。

 

死にたいのが当然すぎて死にたいと「思う」ことがもはやできない。いつ何時でも死にたいのだが死にたいと「考える」ことがない。死にたいというよりは私が死にたさである。これを超越論的希死念慮と言います(言いません)

 

死ねないのに頭空っぽなのでいつ死んでもいい(し、毎日死んでる)と思って後先考えない行動をとってしまう。

 

私の母は「子供を生むなんて可哀想だ」という考えで、人間にしては頭のいい人だったと思っているが、そんな人でも環境に抑圧されて追い詰められたら「子供でも生んで苦痛から気を逸らさないと気が狂ってしまう」という理由で子供を生んで、しかも結局気が狂ってしまったのだから、人間に救いはない。

 

ポストヒューマンを対置しても別に構わないと思う。要するに問題は、絶滅とユートピアのどちらが確実で早く実現できるのかだ。あらゆる進歩には不確実性が付きまとうという点で、ぼくは前者を支持するけれど。

 

コンビニへ行くような、とまでは言わずとも、映画館へ行くようなノリで自殺できるといい。

 

『産みます 産みません』というよく分からない本が手許にあって、出産の是非に関するインタヴュー集なのだが、生まれてくる子供の人生を基準に考えている人は32人中1人だけ。残りはすべて、語り口は様々だが出産がいかに「親の私」に幸/不幸を齎すかだけが論点。世間の常識とはこんなものだろう。

 

この世に生まれてくる人ができるだけ少なくなること、たとえ生まれてきてしまっても気楽に自殺できる社会が到来することを祈っています。

 

漠然とした幸福、雑然とした焦燥、愕然とするような不安、取り纏めれば自然と死にたさが増す。『「深い河」を探る』における遠藤周作先生と本木雅弘さんの対談にて、本木さんは「綺麗な青空を見ているとなんだか心地良くて、自然と死にたくなってくる」と言っていたが。まさしくそれに近しい。

 

カテゴリーは「いつでも離脱可能なゲーム」ではなくて、「いつ襲って来るかわからない戦争」じゃないのか…。

 

「孫の顔が見たい」以上の人類のエゴ、そうは無いと思う。

 

スーパーの新春企画でくじを引く。全部参加賞。「今年も運が無いなぁ」などと思ったのも束の間、そもそも世界に産み落とされた時点で「運が無い」のだ。

 

どうにかなる。どうにかなろうと一日一日を迎えてそのまま送っていって暮らしているのであるが、それでも、なんとしても、どうにもならなくなってしまう場合がある。

 

黙示録の為なら、ぎりぎりのところ私は、一肌脱いでもいいという気でいる。だが、こと革命となると―終末か創世に力を貸すのはいい。最終の、或いは最初の大災害に協力するのはいい。だが正体も知れぬ<より良きもの>を、或いは<より悪しきもの>をめざす現状変更などに手を貸すのはまっぴらである。

 

「わたしは人を創造したが、これを地上からぬぐい去ろう。人だけでなく、家畜も這うものも空の鳥も。わたしはこれらを造ったことを後悔する」(創世記6:7)。実に苛烈な約束です。しかしせめてこの約束が実行されて、人間の悲惨さに終止符が打たれたのであったなら! 『私にとって聖書とは』

 

Maybe just staying alive is masochistic.

 

産まれないでいる事ぐらいでしか不幸感を回避する方法は無い。生まれた以上はこの鈍痛を抱えながら最低限に生きていくのだ。

 

もし僕がピストルを持ってたら、どこかへ隠して鍵をかけておくでしょうね。ねえ、まったく、誘惑的じゃありませんか! 僕は、おそらく、流行性自殺病なんてものは信じないでしょうが、しかしこいつが目先にちらつくと―確かに、ふらふらと誘いこまれるような瞬間がありますね ―未成年

 

また無目的な徹夜

 

死ぬときに「生きてて良かった」「ようやく死ねる」とどちらも感じられるような生き方がしたい。

 

人はみな死ぬ前に死ぬのだ。悟りを開いたつもりになった大人たち、彼らは喘ぐ肉体を失った幽霊だ。透明な手では他人のナマの苦しみに触れることができないものだから、苦しみのほうに実体を認めようとしない。そしてこの地獄を浄土と取り違え、一人また一人と感じやすい肉体を送り込むのだ。

 

みな歳をとると青年期の苦悩を忘れる。快癒すると病の苦痛を忘れる。そこで人生捨てたもんじゃないと結論を下す。そうだ、実際苦しみは去るのだ。だがそれが問題なのではないか。「絶望なんて時の迷いに過ぎない」という掛け声が、まさしく絶望の再生産システムを維持するのではないか。

 

私たちの遺体は埋葬され、火葬され、あるいは解剖される。だが市電も飛行機も依然として動きつづけ飛びつづけ、人間どもは相変らず番い、快楽のうめき声をあげて、あるいは結婚という市民的因襲に従って快楽もなしに、新たに子供を作るなどというとんでもないことをしつづける。『自らに手をくだし』

 

死に時がいつなのかよく考えている。常に「今」しかないことはわかっている。

 

死の方から生を捉える習慣が一度身につくと、もうどんな人為的享楽も心を落ち着かせてはくれない。死に苛まれるのとは違う。死の圧倒的な力に太刀打ちできなくなるのではなくて、どんな音楽を聴いてもどんな映画を見ても、死に内臓を突っつかれているという感覚がねちっこく付きまとって離れないのだ。

 

この殺意を伝えたい。べつに本当に殺したいわけではない。伝えるだけでいい。ひとりよがりに抱かしめられたことがわかっている殺意は特に、蠹毒のごとく私を蝕み、心身を羸弱させ、少しずつこれを摩滅させていく。これを抱いているのは疲れる。なんの益にもならない。生きていくことと同じくらいに。

 

うしろめたさの感覚が強く巣食っている。良心への悖徳などではない。私の人格なり能力なりこの矮小なることをあげつらい、それは気力意欲を削いでゆく。懶惰とはこれのことである。どうしようもないうちひしがれた静かな絶望の感覚である。ともなうことない未来のために今を担保とする気にはなれない。

 

絶望が常に先回りする。たいした絶望ではない。しかし気力を削ぎ私を怠惰にさせるに足るものではある。

 

お前の子供はお前の人生を肯定する装置ではない

 

この世に生を受けたことそれ自体が人間存在最大の不幸なのであって、これに勝る不幸はこの世に存在しない。

 

「死にたい」と言っている人間に「そんな事言わないで」なんて言葉をかけるのは優しさでは無い。黙って有無を言わせず殺してやるのが優しさだ。

 

堕胎しようが出産しようが人殺しには変わりない

 

政権をとったら人間を皆殺しにすることを公約として掲げてる政党がいない…

 

「性欲の科学」を読んだけど、人類の歴史の中で二割の女性は子孫を残さずに死んだ、いっぽう男性は六割が子孫を残さずに死んだというのが興味を惹かれた

 

漠然と「楽になりたい」欲だけがあり短期中期長期のあらゆる目標が存在しないので毎日が辛い。

反出生主義

高校時代、反出生主義に関する本を集めていた。あの頃は「子供」や「作らない」などのキーワードをgoogle scholarに入れて検索し、当てはまった本を全部買っていた。今は反出生主義に対する学術的な関心が薄れた。興味が薄れたのは、反出生主義が倫理学・哲学的に正しいのかどうかという命題は、自分にとって何の意味もないということに数年前に気がついたから。

トーマス・ベルンハルト

子供時代はずっと絶望の時代に他ならなかった。両親は僕を愛さなかったし、僕も彼らを愛さなかった。彼らは僕を作ったことで僕を許さなかった、一生ずっと彼らは僕を作ったことで僕を許さなかったんだ。もし地獄があるなら、そして無論地獄は存在するが、と彼はいった、僕の子供時代こそ地獄だった。おそらく子供時代なるものはつねに地獄なんだ、子供時代は地獄そのものだ、と彼は言った、どんな子供時代であろうと、それは地獄なんだよ。

... 

地獄はこれからやってくるもんじゃない、地獄はもうそこにあったんだ、と彼は言ったのだった、なぜなら地獄とは子供時代のことなんだから。

...

いいかね、この子供時代の穴から脱出するためには、両親には決定的に死んでもらわなければならん、本当に永久にだよ。

...

僕の両親は僕を作り、自分達が何を作ったのかに気がついた時、驚愕して、僕のことをできるなら、起こらなかったことにしておこうとした。でも僕を金庫にしまい込むわけにはいかなかったので、僕を暗い子供の穴に突き落としたんだ、そこから僕はもうずっと長いことお抜け出せなかった、両親とはいつも無責任に子供を作るもので、自分達が何を作ったのかを見て驚愕するんだ、だからいつも、子供が生まれると、ただ驚愕した両親にしか会えないんだよ。1人の子供を作る...というのは、やはり重大な不幸を世に生み出し、世にもたらすということでしかない...

僕たちは一生ずっと、人言を製造した罪で両親を告訴もしないで、労ってやっているんだ... やつらは二つの罪、二つの重罪を僕に対して犯したんだ、と彼は言ったのだった、やつらは僕を生み出し、やつは僕の自由を奪い去った、断りもなく勝手に作っておいて、僕を生み出し世界に放り込んだのと同じようにして、僕の自由を奪い去ったんだ、僕に対して人間製造の罪と抑圧の罪を犯したんだ...

僕は祝宴嫌いなんだよ、と彼は言ったのだった、子供の頃から僕は祝いと名がつくものはどれも大嫌いだった、とりわけ誕生日が祝われるとき、それがどんな誕生日だろうと嫌だったし、なかでも嫌でたまらなかったのは、両親の誕生日祝いだった、どうして人間は何かの誕生日や自分の誕生日を祝えるんだろう、と僕はいつも思ったもんだよ、だってそもそもこの世に生まれるなんて不幸以外の何ものでもないじゃないか、そうだ、と僕はいつもこう思ってきたんだ、誕生日には黙祷を捧げる時間を、いわば父母から犯罪行為を受けた時を忘れないように想起する時間として、導入するならば、それなら僕にも理解できる、しかしそれを1日祝うだなんてちとも意味が分からない、と彼は言ったのだった。

(古典絵画の巨匠たち, pp. 102-111)

村上春樹

「子供欲しかった?」

「いや」と僕は言った。「子供なんて欲しくないよ」

「私はずいぶん迷ったのよ。でもこうなるんなら、それでよかったのね。それとも子供がいたらこうならなかったと思う?」

「子供がいても離婚する夫婦はいっぱいいるよ」

村上春樹羊をめぐる冒険」pp. 37-38)

「子供は作らないの?」とジェイが戻ってきて訊ねた。「もうそろそろ作ってもいい年だろう?」

「欲しくないんだ」

「そう?」

「だって僕みたいな子供が産まれたら、きっとどうしていいかわかんないと思うよ」

ジェイはおかしそうに笑って、僕のグラスにビールを注いだ。「あんたは先に先にと考えすぎるんだ」

「いや、そういう問題じゃないんだ。つまりね、生命を生み出すのが本当に正しいことなのかどうか、それがよくわからないってことさ。子供たちが成長し、世代が交代する。それでどうなる。もっと山が切り崩されてもっと海が埋め立てられる。もっとスピードの出る車が発明されて、もっと多くの猫が轢き殺される。それだけのことじゃないか。」

...

ジェイはしばらく考えて、それから笑った。「でもそれを判断するのはあんたたちの子供の世代であって、あんたじゃない。あんたたちの世代は......」

「もう終わったんだね?」

「ある意味ではね」とジェイは言った。

「歌は終わった。しかしメロディーはまだ鳴り響いている」

村上春樹羊をめぐる冒険」pp. 155-)

妻が別れ際に、子供を作るべきだったのかもしれないわね、と言っていたことをふと思い出した。たしかに僕はもう子供が何人かいてもおかしくない歳なのだ。しかし父親としての自分を想像してみるとどうしようもなく気が滅入った。僕が子供だとしたら、僕のような父親の息子になりたいとは思わないだろうという気がした。

村上春樹羊をめぐる冒険」pp. 240)

「子供のことを考えろよ」と僕は言ってみた。フェアな展開ではないが、それ以外に手はなかった。「弱音をはいてなんていられないだろう。君がダメだと思ったら、それでもうみんなおしまいなんだぜ。世界に対して文句があるんなら子供なんて作るな。きちんと仕事をして、酒なんか飲むな」

村上春樹羊をめぐる冒険」pp. 253)

村上:ぼくの場合は、子供が産めないですね。産んでいい、と言う確信がないんです。ぼくらの世代が生まれたのは、昭和23、4年なんですけど、戦争が終わって、世の中はよくなっていくんじゃないかという思いが、親の中にあったんじゃないかな、と言う気はするんですが、ぼくは、それだけの確信はまったくないですね。

五木寛之「風の対話」p. 33)

埴谷雄高

埴谷:さっきニヒリズムということがありましたけど、自分でいろんなことを考える決着がつくまでは子供は作らないとは思ってた。いまだに『死霊』は終わらないんだから決着つかないですね。そういう点では、ぼくの女房は非常に気の毒だった。「オレ自身は考えるために生きているわけであって、子供を作るために生きてんじゃない。ダメだ!」って、これこそスターリン

それでね、僕が女房に悪いのは、三度ぐらいできたかな、全部堕胎したんです... 三べん堕したあと、子宮が非常に悪くなって戦争中でしたけど子宮自身を取っちゃった。

立花:自分の考えの決着がつくまでは子供をつくらないということは、子孫を作り続けて人類が生き延びることが錯誤だと...。

埴谷:いや、そういうことじゃなくて価値判断の問題ですけど、私、つまり我々にとって重要なことは自分自身を知ることだと言ったのはターレスなんですけどね。...自分が存在するということは、ある意味の宇宙にとって価値があるかどうか。これは、宇宙というのは無関心だから価値があるかどうか分からない。ぼくが測定するわけだけど、これがわかるまでは自分を絶対増やさない。論理的なんです。僕の女房は本当にかわいそうだった。

...

立花:「死」の問題は、どうお考えですか。

埴谷:そりゃ「死」は生まれれば必ずある。生まれるのはどうお考えですかと言うのと同じですよ。生まれるのは、自分が生まれようとして生まれたわけじゃない。勝手に親がつくったわけですね ... 自分じゃないものが勝手にやってるわけだから、生まれるのも死ぬのもしょうがないんでしょう、これ。それを逃れるためには自殺しかないわけです。だから、よほど考えた人は自殺してますよね。ぼうの親友の中にも、人言が自分の自由意志でできることは何かといったら二つあると言って、一つは子供をつくらないこと、一つは自殺ということ、これは、『死霊』にも出てくる。

埴谷雄高 and 立花隆「無限の相のもとに」平凡社, 1997, pp. 195-196, p. 293)

吉行淳之介は「生まない性」ですが、埴谷雄高もまた結婚はしましたが、子供はいません。 彼が日大の学生で十八歳、奥さんは演劇志望の十九歳。奥さんに惚れられて結婚したと埴谷雄高はいっています。奥さんが妊娠するたびに中絶させて、とうとう子供を作らなかったのです。奥さんには残酷なことです。中絶につぐ中絶で奥さんは子宮筋腫になり、子宮を取り除く 手術までするという人生を送りました。 なぜ、子孫を残さない人生を送ったかといいますと、自分の在り方、生き方がしっかりでき ないのに、子供を作るわけにはいかない、ということです。革命家は自分ができなかったことを子供に引き継がせようとするが、そうしたことはよくない。子供に引き継がせるようなもの は、革命じゃない。自分でやらなくちゃいけないんだ。一種の無責任さに対する批判ですが、 女房にはずい分と無理なことをいったな、と年を取ってから反省をしています。

(石田健夫「虚無を生きるスタイル:三島・川端・吉行・埴谷の死生観」)

五木:ところで埴谷さんは、奥様のことは余り書かれないんですが...

埴谷:書かないんですね。女房は気の毒で、ボクの子供を持ちたかったわけだけれど、それをだめだといったものだから...。

五木;それはうちも同じです。

五木寛之五木寛之対話集:正統的異端」深夜叢書社, 1996, pp. 297)

吉行淳之介

敗戦直後には、説得することにさして苦労はなかったろう。大部分の日本人は、生まれてきたことに懲懲していたから、「生まれてくる子が可哀そうだ」という言い方が、容易に受け入れられた。... 20年前、1人の娼婦の口から出た「ついでに生きている」という言葉は、それと同じ内容をさまざまな表現で言い現すことができる。いずれにせよ、私は現在でも「ついでに生きている」という気分が、心のどこかにある。そういう気分で生きている人間が、子供を持つことは無意味としかおもえない。したがって、私には子供はいない。しかし、私の気持ちは、しだいに時代遅れになってきたのだろうか。「ついでに生きている」ことは、敗戦後の一時期の流行に過ぎなかったのだろうか。「子供がいない」と言うと、胡散臭い眼で見られることが、時代の流れとともに多くなってきた。

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天下は泰平だな、と私はおもった。何年も先のことが考えられる時代だ。それが架空の未来にならないという保証はどこにもない。危険な兆候はいくつも芽を出している。それにもかかわらず、私自身何年も先のことを、宇田青年とは全く違う形でだが、考えている。私の青春の一時期は、アメリカの飛行機の空襲がつづく日々と重なっており、結婚の計画どころか、次の日のあいびきを生きて果たすことができるかどうかも、分からなかった。... 「今の時代に生まれてくる子供になって考えると...。君は生きていることが苦痛ではないようですね」

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北国の冬は長い。ほかに娯楽の手段を知らない人々は、長い冬の夜を、夫婦睦み合って過ごすしかない。その結果、子供が生まれる。貧乏人の子沢山。欲しくて生まれる子供ではない。つい先頃まで、青森のひとたちは、痩せて影の薄い子供を見ると、「あれア、キヌトオシだ」と言った。子供が増えると、コンドームなどと言う文明の力を持たなかった夫は、正規の先に、絹の布をまきつけて交合した。それで妊娠が防げるわけではない。絹を通して生まれた子だから、キヌトオシである。キヌトオシでも、生まれただけ幸せなのか、あるいは不幸なのか...。

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「生まれて来なかったら、一番よかったのよ。」

「そう言ってしまっていいかな。生まれてきたことに、あの子供たちは責任はない」

「産んだ親にも、責任はないわ」

私は黙って、マキの顔を見ていた。... あの意志の強そうな男の子が、将来、成功し出世し、大金持ちになることだって想像できる。しかし、そうなったから、どうだというのだ。私の目蓋の裏側で、唾液に濡れたドロップの紫色が揺れている。

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症状が、透明な色のビニール袋を提げて帰ってきた。水の入った小さい袋の中に、橙色の短い線のようなメダカがいっぱい詰まっている。気持ちが弾んだ。袋の口をほどき、池上に中身を注いだ。勢いよく出したつもりはなかったのだが、弾んでいた気分のために、袋の中身が池の面に突当たった。次の瞬間、150匹のメダカは腹を横や上にして、池の底に横たわってしまった、びっしり引き詰めたようになったそこ魚からは、明らかに、なまなましさが立ち昇ってきた。衝撃を、受けた。

死屍累々という言葉を、私は思い出した(意識の底のほうで、動いたものに私は気づいていた。昭和20年5月25日の夜、東京に最後の大空襲があった。防空壕に入らず空を見ていた私の左右5メートルずつのところに、いくつかの焼夷弾を束ねる役目をする太い鉄の筒と、焼夷爆弾が落ちてきた。)

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夏枝の声が聞こえてきた。

「あたし、どうやら子供は出来ない躰になったらしいわ、さいわいなことに...」

「ほんとに、さいわいなこと、とおもっているのか」

「中田さん、子供が欲しいの」

「嫌だね」

「そうでしょう、だから、さいわいなのよ」

と、夏枝が言った。

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しかし、自分の子供を持ちたいという気持ちは、くわしく探してみたが見つけることはできなかった。不意に、夏枝の子宮へ向かってゆく私の精液が、抽象画のような形で眼に浮かんだ。それは、あきらかに生殖とは切り離された性行為である。新しい生に受け継がれるものではなく、死に近づいてゆく行為を激しく繰り返しているという気持ちが、ゆっくり躰の中を通り過ぎてゆく。

吉行淳之介「暗室」pp. 56, 58-59, 89-90, 96, 124, 186, 206, 252)

「生まない性」の虚無とダンディズム:吉行淳之介

 吉行淳之介は、性をテーマにした日本の文学に革命的な展望を開いたと思います。ポルノグ ラフィーのセックスではなく、人間の存在にかかわる問題としてのセックスとは何かが、テー マになっています。セックスとは生殖のためですが、彼の後期の作品には「生まない性」が出 てきます。「生まない性」とはどんなものかといいますと、先ほどの若い編集者が「結婚した ら息子と娘ひとりぐらいは欲しいですね」と答えていますが、吉行淳之介には、明日のことな どわからないじゃないか、という一種のニヒリニズムがあります。そうしたなかで、子供を生 んで育てることなど考えられません。それを取り上げているのが『暗室』です。

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「生む性」が我慢ならない。戦争中に追い込まれた絶望的な状況、つまり明日もわからないな かで、どうして子供を生むのだ。命の繋がりが我慢ならない。命は自分のところで断ち切れば いいと思ったのでしょう。性とは新しい生に受け継がれる行為ではなくて、死に近付く行為と 考える吉行淳之介にとって、子供を生むことは嫌うべきものだったのでしょう。 現実には別 れた奥さんとの間に娘さんがいて、その娘さんにもお孫さんができていて、実際の命の繋がり はあるのですが、それは若いころの結果で、過去を消すわけにもいきません。生まないという ことは、戦中派の覚悟のようなものです。ニヒリスティクに生きるしか彼のような感性の人間 にはできない時代だったのです。すべてが虚しいということをわかるために生きているということが、結局、主人公の現在の心の形ということになります。 それが小説のなかに書かれた生と死の繋がりとして見えます。彼の人生観というか、死生観 は、病気と戦争が心のなかに根強く植えづけたということになるでしょう。それが作品の基調 になっている、ということを申し上げたいと思います。こう述べてきますと、吉行淳之介は大変ニヒルな生き方をしたように思う方もいるでしょうが、付き合った印象としては優しい、兄貴分みたいな人でした。こまやかな気の使い方を知っている人でした。

(石田健夫「虚無を生きるスタイル:三島・川端・吉行・埴谷の死生観」)

 

戦中派のダンディズム:吉行淳之介

「それらの物語に通底するのは、あえて図式化すれば、産む性と産まない性、という二項対立である。」

(石田健夫「戦後文壇:畸人列伝」)

深沢七郎

結婚しない決心

記者:ところで深沢さん、どうして結婚なさらないんですか。女嫌いですか。

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深沢:僕はいろいいろ束縛されるのがいやですからね。それから感謝されるのがいやですね。それが今まで一番いやなんです。責任をもつということが大嫌いなんです。

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深沢:責任をもたされるということは、子供が生まれるでしょう。最初から子供はtsくらないという...それは自分がめんどうくさいばかりじゃなくて。人の子供はおもちゃにできるからいいんですがね。親戚の子供やなんかだったら責任がなくて、ほらほらなんて...また子供がこっちになつきますからね。人の子供じゃつまんないだろうというけど、僕はかえって気楽ですね。一回子供が死んじゃったことがあるんです。それですっかりいやになっちゃった。

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深沢:でも僕ははっきり、絶対結婚なんてしないぞ、子供も絶対作らないぞときめたのが、32だか3ごろですね。

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深沢:大体僕は地球上に人間がふえるということが反対ですね。子供は1人でいいじゃないですか。

...

深沢:もう、もう...。子孫をふやすのはわずらいを残すばっかりでね。

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深沢:ボクは大体、子孫増やすこと嫌いなんです。タマシイなんか増やさない方が良いよ。ほんとに可愛い子だったら、この世の中に生まれさせないね。みんな、子供欲しいのは、親のおもちゃか、欲深な感じでこしらえてるね。自分の片腕にしようとかね。自分が結局、楽をしようってことだから。親孝行、親孝行ったって、今の時代では親孝行なんかできやしないから親孝行不可能論ていうのを書こうと思ってる。... させようと思う方がまちがってる。子供に見てもらうつもりで子供をうんだら、大変悪い親ですよ。

深沢七郎深沢七郎の滅亡対談」pp. 76-78, 80, 96, 313-314)

深沢:私はずっと以前に、自分の子供みたいな、まあ本当の子供じゃないけど、子供があったわけけですね。それが死んじゃってから、もうオレは子供なんて自分でも絶対につくらないぞと思いましたね。... ええ。その子は女の子でしたけど、病気でポッと死んじゃったんですけどね。私が抱いていると、私のズボンだろうが着物だろうが、まるですだれみたいに擦れ切れてしまうくらい抱いていましたね。それがポッと死んだ時に、オレはもう子供はつくらないぞと決心した。7つぐらいまで大きくなって、死んだんですけどね。五木さんも子供を作らないと言うのは、実は最高にかわいいもんだから、もしそれを失くす時のことを考えると怖くて...

五木:そういうところもあるのかもしれませんね。

深沢:犬を飼って、犬に死なれると、犬は一生飼わないという人があるでしょう。そういう心理があるんですよ。ところがまた別の犬を飼う人がある。私はこういう人こそ信用ならないと思うんですね。

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五木:結局、深沢さんは優しすぎるんですよ。だから浅く契って生きようと...

五木寛之五木寛之対話集:正統的異端」深夜叢書社, 1996, pp. 114)

芥川龍之介

「僕は生まれたくはありません。第一僕のお父さんの遺伝は精神病だけでもへんです。その上僕は河童的存在を悪いと信じていますから。」

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「何のためにこいつも生まれて来たのだろう?この娑婆苦の満ち満ちた世界へ。何のためにまたこいつも己のようなものを父にする運命を担ったのだろう?」しかもそれは彼の妻が最初に出産した男の子だった。

芥川龍之介「河童」pp. 76, 214-215)

高杉征樹

まず、私が考えるに子供を産むということはそもそも残酷なことだと思います。子供を産むと言うことはその子供が必ず死を経験するということです。人間は放っておいてもいずれ死にますが、生まれなければ死ぬことはないので、子供を産むことは殺人以上に残酷と感げあることもできます。それを承知で子供を産む人は「人生はとても楽しいので、死ぬことをそれで相殺してなお素晴らしいものだ」と考えるのでしょうが、それは本当にそう思う人はいいかもしれませんが、その子供もそう思ってくれるかどうかはわかりません。自分の考えを押し付けるのは問題があるでしょう。

私としては人生なんて苦しいことの方が楽しいことより全然多くて、そう思ってない人はただ自分の人生を美化しようとしている人か、あるいはラッキーな人だと思っています。

... しかし、それでもほとんどの人は子供を産もうとするわけで、それはなぜかといえば、単に種の保存が最優先事項としてプログラムされた遺伝子が呼ぶ衝動によるか、あるいは自分のためだと思います。

...子供を産むことは悪いことだとは言いませんが、子供を産んではいけないということが、子供を産もうとする本人たち...意外にとって利益であるはずがないのです。

(高杉征樹「不老不死の追及」文芸社、2005)

柳瀬尚紀

子供をつくらない主義に徹底的的であること

アイウエオ順戦法でいく。

まず、魔的かつ悪夢的にいえば、子供はたんにギャーギャー泣き喚くうるさい生き物でしかなく、... 宙論的に言えば、宇宙の滅びることは自明であるから子供をつくるのはエネルギーのむだにすぎず、世的にいえば、この住みにくい世の中にまたまた子供を送り出すのは冷酷とすらいえないことはなく、... 無的に言えば、ごくあっさり、子供をつくってもしょうがないと言う気持ちがふかく根をおろしていて、もはやいかなる引っこ抜くことが不可能であるし、また引っこ抜こうと努力するつもりもなく、... 

柳瀬尚紀「翻訳からの回路」白揚社1984、pp. 192-204)

 

自殺した私の副交感神経

訃報。副交感神経が自殺した。

先週は徹夜して三菱商事の最終面接に臨んだ。落ちた。

大学時代はカウンセリングに4回ほど行った。カウンセラーに「就活は上手くいかないと思うよ」と言われたが、日系のコンサル企業とご縁があった。大学院も修了見込みだ。運が良かったのもあるが、努力が実ったという側面もある。

高校生の頃から、自殺したいと思っていた。高校を卒業できなければ自殺するつもりだったが、大学に受かってしまった。就職先が決まらなければ死ぬしかないと思っていたが、就職先が決まってしまった。

結局、どうにかなってしまった。嬉しさもあるが、早春スケッチブックというドラマにおける山崎努のセリフを思い出してしまう。

「病気は治せば良いのか?長生きはすればするほど良いのか?そうはいかねぇ。体が丈夫だって、長生きしたって、何にもならないやつはいくらでもいる!何かを、誰かを深く愛することもなく、何に対しても心からの関心も抱くことが出来ず。ただ飯を食い、予定をこなし、習慣ばかりで1日を埋め、くだらねぇ自分を軽蔑することもできず。俺が生きてて何が悪いと開き直り、魂は一ワットの光もねぇ!そんなやつが長生きして何になる。そんなやつが病気治して何になる!」

山崎努 早春スケッチブック

山崎努 早春スケッチブック

この精神性は、シオラン埴谷雄高も表明している。

「我が課題は自殺におわるのではあるまいかとは年少の頃の私の屡々自らに問うたところである」(埴谷雄高の「不合理ゆえに吾信ず」)

"What I know at sixty, I knew as well at twenty. Forty years of a long, a superfluous, labor of verification" (Emil Cioran, "The Trouble with Being Born")

Thomas Ligottiも聡明だ。

Have they ever mentioned that no one could get by,

that nothing alive could remain so for long without the fear of hurt and dread of harm,

without feeling the frustration or the anguish

or the full hell of unmitigated torment that is woven into everything that lives

and comprises the very threads holding it all together and true —

have they ever mentioned this to you?

Fernando Pessoaの詩も好き!

No, I don’t want anything.

I already said I don’t want anything.

Don’t come to me with conclusions!

Death is the only conclusion ... 

(Fernando Pessoa, "Lisbon Revisited)

ここで当然の疑問が生じるわけ。「何で自殺しないの?」と。シオランは素直に「分からない」と言っている。

If I were to be totally sincere, I would say that I do not know why I live and why I do not stop living. The answer probably lies in the irrational character of life which maintains itself without reason.”

(Emil Cioran, "On the Heights of Despair")

大学を卒業して、一先ずの結論が出た。生きることも死ぬことも一種の才能だ。どちらも出来ない人間は、「人生が終わっても生活が続く」からこそ、就職して「ハーム・リダクション」に努めるのが賢明だと思う。